Kiyoko's Blog

ビーズデザイナーKIYOKOのブログです。2011年6月から沖縄で生活しています。育児ブログになりつつありますが、よろしければお立ち寄りください。作品はこちらからご覧いただけます。⇛http://www.asian-bloom.com

裏話(ネットショップの始まり)


ブログを書いていない時期もあったので、
ちょっと過去のことを書きます~。^^;

9月30日は主人の弟のレイ君が帰国しました!
途中、一時帰国はあったのですが、約1年、いや11ヶ月かな?
アジアの放浪の旅から戻ってきました。
で、この後しばらくしたらお仕事をするそうです。

1年も放浪の旅というと、驚く人も多いのですが
実は身近にいたりするんですね。

今回の挙式にあたって私のヘアメイクをして下さった男性の方も、
若かりし頃に「深夜特急」にはまってアジアへバックパッカーの
旅へ出かけた経験の持ち主。

私の主人も、私と出会うちょっと前まで、1年以上バックパッカーをしていたし、
彼のお父さんも大学時代、学生紛争で休校になったのを期に旅に行っていたそう。
(当時はバックパッカーでなく、カニ族っていったそうです。)

主人の場合は父親も本人も弟もってことで、
「血なのね~~」ってみんな言います。。

でも私も男だったら絶対に行きたかったな!!と思います。^^;

主人の話では、女性のバックパッカーはけっこういるみたい。
でも、化粧っ気なく、たくましく、男性と相部屋でも平気で下着を
干せるとか、、、、。(うーん、すごい!)

あるいは

見た目から純粋そうで、話した感じもそんな感じ。
英語も話せないし、とにかくあまり深く考えずに来ちゃった、
というタイプの女の子。

とにかく、前者でも後者でも、
「女は強いよなァ~~~」、
とのことです。
なるほど、ちょっと一理あるかも。。。笑

帰ってきた日、荷物を全部出した様子。。。
これがみんなバックパックに入っていたとは、
すごい収納力なんですね~。↓

P1130480.jpg

今回、とにかく楽器をいっぱい買ってきた様子。
ふえの中にふえをしまいこんでコンパクトにしたそう。机の上の
オーボエがカワイイ!! ↓

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巨大なルビーのネックレスや天然石のお土産。
興味津々です! ↓

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バンブーサックス、初めて見ました。
竹とは思えないくらい本物に近い音色!
元吹奏楽部だけあってうまいっすねぇ、、。。↓

P1130496.jpg

天然石やシルバーなど、仕入れルートにかなり良い情報も
お土産でいただいちゃいました☆

ところで私も20歳やそこらのころ、「深夜特急」にはまって
一生懸命読みましたっ。^^;

ちょうどその頃、旅をすることと、仕事がミックスできないかなァと
考えていたんですね。
そうそう、アジア雑貨がすごく流行っていた頃です。
インターネットもまだやったことがなかった私が、インターネットで
お店を持つ、ということを雑誌で知り、自分で海外に雑貨を仕入れに行き、
それを自分で売って、また次の仕入れ費用が出来た頃にまた行って、、、

お金にはならないかもしれないけれど、旅行も兼ねられるから
楽しそうじゃないか!と思ったわけです。
(それにしてもアジア雑貨が流行っているからってそれをやろうと
するなんて、とてもイージーな考えですね。。^^;)

まずは仕入れの費用もないし、パソコンもやったことがないので
バイトしながら自宅で「インターネットって何?」という本を読み始め、
簡単なホームページを遊びで作り始めました。

だんだん仕組みが分かってくると、早く何かを始めたくてうずうずしてしまい、
あまりコストのかからないビーズアクセサリーのお店、ということで
やってみよう~、と、
まずは形だけ作ってみたわけです。

ホームページは作っただけでは誰も見に来ない。
時間とリンクを広げる労力がいるんですね。^^;
なので暇さえあれば、検索エンジンに登録したり、ホームページを
改良したり(もともと凝り性なので)、新しいビーズのデザインを考えたり、
お客さんへのアンケートページを作ってニーズを調べたり、、、

この頃は楽しくって楽しくって仕方がなかったですね。*^-^*

最初の2ヶ月くらいはまったく注文がこないのですが、
アンケートに答えてくれた人にお礼として自分が作ったビーズアクセサリーを
無料で送っちゃったりして、なんだか楽しくて楽しくて仕方がない!
という感じで私は過ごしていたわけです。

すると無料でプレゼントを送った方々が、みなさん次々に
注文をしてくれるではないですか!
そりゃァうれしくて、私は頑張って作りました。^^
その頃はキット発売じゃなくて、完成品のみでした。

オープンして3ヶ月目には、気がつくとお客さんがお客さんをよんで
注文に追われる日々になりました。
一日にたくさん作るので、私の指の節々にはテグスの
跡で血でにじんだように赤くなっていましたが、
毎日、郵便局へ品ものを届けた後は
満足感で幸せなのでした。。^^

そんな生活をさらに数ヶ月過ごしたころ、
私はふと、「あ!!あたしベトナム雑貨をやりたかったんだ!」と
大事なことを思い出し、(笑)
ビーズのお店が軌道に乗ってから半年後の6月初旬、
わずかなお金をにぎりしめて、一人でベトナムへ買い付けに
行ったわけです。確かにビーズに夢中になっていたことは事実ですが、
当初の計画は計画ですからっ・・!!
でも、バックパッカーのような長旅ではなく、安いチケットと安宿で
たった10日間の滞在でした。^^;

ベトナムから帰国してその翌日、「テレビチャンピオンに出ませんか」
というお誘いの電話があったのです。
なんというタイミング。

電話口で私は、
「え?どうして私なんかにお電話くださったのですか??」
と聞いてみたら、
「テレビチャンピオンのリサーチ部でして、その道の技術にたけている
方を見つけてお電話しているんです。サイトを拝見させていただきました。」
とのこと。なんとありがたいことか、、
そしてインターネットってすごい。。

テレビチャンピオンには5人しか出れないところ、候補はすでに30人もいるそうで、
私は絶対に無理だなァ~、と思っていたのですが、とにかく
一度事務所に来るように、とのことなので
行ってみたわけです。

まだ23歳の私はドキドキ。
自己紹介して名刺をいただいた時、プロデューサーの名刺を見て、
その方の苗字が「手塚」
というだけで、さらに緊張してしまいました。
(手塚、、、手塚って言ったら手塚治虫、
私の友達や地元にはそんな苗字はいない・・・!!汗)

右も左も分からないうちに、選手として出演することになり、
2回目に東京によばれたときは、選手5人と番組関係者の
打ち合わせでした。

他の4人は私からみたら「大人」であり、テレビやマスコミに出ることに
慣れている方も・・・。みなさん仕事をオフにしてわざわざ来てるので
真剣そのもの、たくさん質問が飛び交ったり、ビーズに関して知識のうすい
スタッフ側にダメだししたり、
なんだかすごい雰囲気でした。
終始、だまっている私を見かねた選手の一人が、
「こういうね、黙ってる人が一番こわいんだよ。秘密兵器を隠してたり
何を考えてるか分かったもんじゃない。」
と言い、
私はうすら笑いを浮かべるしか出来なかったのですが、

本当に質問することすら思いつかない。
昔、学校の先生が「ある程度わからないと質問も思いつかないよね」
と言っていた、まさにあれ!
って感じだったわけです。。--;


とにかく、その年の6月は収録のために何度も東京へ足を運び、
その都度、地方者の私だけがホテルに缶詰になり、
ホームシックになったりしながら無事に収録を終え、

7月はたまっていたビーズの仕事をこなしながら
仕入れたばかりのベトナムバックのホームページを作って
過ごしていました。
ちなみに8月に入るとすぐオンエアーだったので、その日に合わせて
ベトナムバックのサイトもオープンすることにしました。

オンエアの当日、ビーズのサイトもアクセスがすごいけど、
ベトナムバックのほうもすごいアクセス。
仕入れたものも、あっと間に売れてしまいました。
これは品物がどうこうじゃなくてテレビの力だァ。。。汗

そんなわけで、
その後はやはりビーズがメイン。
ベトナム雑貨の仕入れに2回目はありませんでした。。^^;
これもきっと運命なのでしょう。。。
「今度はいつベトナム行こう!」とも思ったりもせず、
それから何年も、今にいたるまで
私の頭の中はビーズ一色だったんですね。。

でも、たった1回ですが、その年に一人でベトナムへ行ったときの
思い出は大切な宝物、、、というか青春です。*^-^*

女一人旅ということで、臆病な私の行った工夫。。。

それは
まず、100円ショップで買ったホイスルをいつも首にかけていたこと。
体育の先生が使うような笛ですね。
もし変な人に暗闇で襲われることがあったら思いきりそれを吹こうと。。。汗
一瞬相手がびっくりしたら、その隙に逃げよう、なんて思ったわけです。
でも、ベトナムで首に何かをかけているのは
今考えると微妙です。汗

それと、とにかく地味にして、日本人ということがバレないようにする!
そのために、出発前に長くカラーリングした髪を短く切り、真っ黒に染めました。
そしてダサいゆるめのシャツ、Gパン、さらにスニーカーでなくサンダル。
ところが、一日目、ホテルを出ると一気にたくさんの勧誘にあったので
完全に日本人ってバレました。。--;


気をつけたことは、、、
あとは現金は腹巻に入れておく。
そのくらいでしょうか。。

なるべく旅費を安く上げたかった私は、とりあえず安い飛行機で
ベトナムについちゃえば、あとは安宿通りで適当に宿に入れば
いいや、と思っていました。

でも、ベトナム行きって大抵の便は夜中につくんですね。。^^;
もうすぐホーチミンに着陸というところで、偶然私の目の前に
フライトアテンダントさんたちが向かいあわせで座る形になったので
片方の女性が私に声をかけてきました。

「宿はどちらなんですか?お一人?」

私は
「一人です。宿はまだ決めてません。あっちに着いてから・・」

なんて言ってると、

「きゃァ~~~!!!危ないわァ~~、
今夜どうするの。。!!」

とまくしたてます。
さらに、

「女の子一人旅でしょ~?!ベトナムって治安悪いのよ。
どうするよ、こんな夜中に。。」

・・・さすがに私も不安になってきて、
(この人こんなに心配してくれてるなら
今夜の宿をなんとかしてくれないだろうか、、)

なんてずうずうしいことをふんわり考えたりもしてしまいました。。--;

飛行機が着くと、
「気をつけてね。」とお姉さんは行ってしまい、
私は一人で仕方なくタクシーを捜し、空港を後にしました。。

飛行機の5時間半、私は緊張して一睡もせずに
ガイドブックを読みあさったので、
タクシーはこの色のタクシーは危ない、こっちの色を選ぶ、とか、
被害が出てる宿リスト、など
あれこれ勉強していたのでした。。

ところが、安全なタクシーを選んだはずなのに、
どうにもこうにも希望の場所へ連れて行ってくれません。

私が行きたい安宿のストリートは、今は工事で閉鎖していて無理なんだと、
そして彼は自分の知り合いの、安くてそれはそれは立派なホテルが
あるからそこに連れて行くんだと、
どうして一歩もゆずりません。

お金のない私は、
いいんだ、閉鎖しててもいいからそこへ連れて行ってくれ、
と何度も言うのですが、らちがあきません。
お互いが叫びあってケンカみたいになったとき、時計を見ると夜中の1時すぎ。
疲れ果てた私は一言、
「じゃそこ連れて行ってくれよ。」
とつぶやいたのでした。

よく、「初日は面倒だったから高いところ泊まったよ~」なんて旅人が言いますが、
気持ちがよく分かる!!!
高いって言っても日本に比べたら・・・って考えるんですよね。^^;

そして到着したホテルが、本当に良いホテルだった!

清潔で広く、快適なベッド、それが1泊2500円で、連泊すると2000円に下がる
とのこと。予定と違うが、もう、いいんじゃないかなァ。なんて思ったりしました。笑

でもどうしても気になることが。
ドアにのぞき穴があるのですが、なんていうか、、、
本当に穴が開いてるんですね。直径1センチくらいの。穴が。
とりあえず私はメモをやぶってそこに張りました。--

荷物をほどいてほっとしたら、突然停電!!(アジアではよくあるらしい。。)

シャワーもあびたいのに、着替えもしたいのに、真っ暗な部屋で
いつまでも電気がつかず、ついてそうそう私はホームシックで
部屋で一人、わんわん泣いちゃったのでした。。。^^;

翌日、気合を入れてホテルを出ると、ものすごい数の勧誘の人たち。
何かを売ろうとしたり、バイクタクシーやシクロマンたち、あるいは
一日いくらで観光に連れて行くなど、
自分は芸能人になったのかと思うくらいおっかけが沢山いました。
それを振り切るだけで大変な作業だとは想像してなかった。。。
中には30分もずっと私と平行してバイクで付いて来る輩も。。。汗
(こりゃ一人旅じゃないよ、ある意味。。。)

ネットカフェに立ち寄ってメールをしていると、隣に座っていた日本人男性が
「どちらからですか?」
と声をかけてきました。

今思い出すと、彼は私の救世主でした。

きゃいーんの天野っちに似た、人のよさそうな人で、偶然同じ年、23歳でした。
彼は博多の人で、バックパッカーでいろんなところをまわっている人で、
お金がつきてきたからお金が振り込まれるまでベトナムで時間をつぶしている、
とのことでした。

私の昨夜の出来事を話すと、笑われてしまい、
「オレがいるところ、500円だし個室だし、すごいきれいだし、オーナーは老夫婦
なんだけどアットホームでいいところだよ。」
と勧めてくれました。

「なに、500円!?あたしはそういうところを探していたんだよ~!!」

と、今朝まで「2000円の宿でもいいかな」、と妥協していたことは隠しつつ、(笑)
荷物をまとめて彼の宿へ移動しました。

すると、その宿は通りをはさんだすぐ近くにあり、
というか、私が行こうとしていた安宿ストリートはもうこの近くだったわけですね。

その宿は、昨夜の閑散としていたホテルとは違い、アットホーム!!
ロビーではフランス人や日本人の客が雑談しており、
冷蔵庫は自分の名前を書いたものを入れて使ってよし、
部屋もきれいでお湯もでる、エアコンはないけど扇風機が気持ち良い宿でした。
それにオーナーのおばあちゃん、おじいちゃんがいつも
宿の出入り口に座ってニコニコ雑談をしていて
いってらっしゃーい、や おかえりーと
声をかけてくれる

そこでは長期滞在する人が多く、私が仲良くなった女の子二人組みは
もう1ヶ月もいるとのこと。もうすぐ30歳になる彼女たちは、仕事や将来に
不安をもちながらも、二人でバックパッカーの旅に出た。
ヨーロッパなどを回ってからアジアへたどり着き、ここではベトナム人の
彼氏ができてしまい、ずるずると長居してしまっているのだとか。
日中暑すぎるベトナムなので、彼女たちは昼間は宿で寝て過ごし、
涼しくなってくるとバーへ繰り出し、朝方に彼氏のバイクで送ってもらい
宿に帰ってくる。。
他にもいろんな事情をもった人たちがこの宿では仲間意識をもって、
でもプライベートはしっかり確保して過ごしていたのです。

私は仕入れという目的もあるし、とりあえず宿も確保できたし、
安心してホーチミン市内の仕入先探しに没頭し始めました。

天野っちは、気分次第で私についてきたり、どこかへ消えたり、ベトナム人の
友達を紹介してくれて一緒にお酒を飲んだり、気まぐれに過ごしていました。

私は彼が邪魔だな、と思うこともあれば、^^;
いてくれて本当に助かる!!
お礼におごるわよ、みたいなこともしばしばあって、
なんだかんだ救われました。

私は仕入先を見つけたら、必ずお店だけじゃなくて、それを作ってる現場も
見に行かなくちゃ!!という思いがあったので、
天野っちも、「なんか勉強になったよ。」とへらへら笑って、
楽しんでくれたようでした。

最後は、その仕入先のオーナーと私、オーナーのお姉さんと天野っち
という組み合わせで原付の二人乗りをし、おうちに遊びにいったり買い物をしたり、
楽しい時間も過ごせました。

私が日本へ帰る日の前夜、私が荷造りをしている傍らで
宿の仲間たちが見守ってくれました。
体育座りをしながらもじもじと「ねぇねぇ、きよちゃん、本当に帰っちゃうのぉ~」
と言ってくれる人がいたり、
私がお土産にもらった大きなドリアンを、テープで梱包しながら「痛てっ」と
怪我してるのを見かねて、
「こんなトゲトゲ、包めるわけないじゃん。てか、におうし絶対空港で没収でしょ。」
と呆れながら手伝ってくれる人がいたり。。

なんだかあたたかいメンバーに恵まれました。。

10日前に来たときは、変なタクシードライバーだったし
すぐにでも帰りたかったけど、
帰る頃にはもう帰るのがもったいない気分。

空港へはタクシーじゃなくて、仲良くなったベトナム人の友達の
バイクの後ろに私はまたがっていました。
さらにその後ろを別のバイクの後ろに天野っちがまたがり、
複数で空港まで送ってくれました。

私は何度も何度もふりかえり、手をふり、
彼らはいつまでも動かず見届けてくれました。

で、一生懸命隠したドリアンでしたが、空港に入るとすぐに
においで見つかってしまい、案の定、没収されてしまいました。
その様子も彼らは見ており、
私は遠くから「ご・め・ん!!」とポーズをとり、
肩を落として飛行機に乗ったのでした。
別れ際にベトナム人の友達が「ドリアンは夕方からにおいがさらに強くなる、気をつけろ」
と忠告してくれたのですが、
だめでした。。汗

このときの滞在は、母には内緒でベトナムへ来てしまったのです。
以前相談したら、頭ごなしに反対されてしまい、
仕方がないので「友達と旅行へ行く」と言って出てきたわけですが、
勘の良い母は、私の友達に電話をかけまくり、
居場所をつきとめたのでした。

滞在中、メールをチェックしたときに、友達から
「きよちゃんのお母さんから電話があったよ、
ものすごい怒ってたし心配してたよ~!」
とあったので、
慌てて国際電話をかけたら、ものすごい剣幕、、、、
かと思いきや、
呆れた声で、
「きよこはなァ、、、そうやって、反対しても無駄ねぇ、、、」
と言っていました。

さらに、ベトナムの親戚に連絡してあるから、ただちに宿をチェックアウトして
親戚のお世話になりなさい、と命令するのです。

私はほらきた!と思いましたね。

以前、姉が母にだまって友達と二人でベトナムに来たとき、
やはり国際電話で母が手配し、
親戚にむかえに来てもらってそこからはずっと自由がなかったとか。
しかも姉は友達と来たのに、友達とも別行動が多くなってしまったとか。

心配してくれるのはありがたいけれど、どこへ行くにも運転手つき、
お金の支払いまで全部にぎられてはたまったものじゃない!

と思い、私は国際電話で断固、拒否しました。
それに今はそうでもないのですが、この頃はうちとベトナムの親戚とは
ちょっといざこざがあって、何かを頼る、とうのは好ましくない状態、
と私は思っていたんですね。。

すると母は怒り出したので、そばにいたベトナム人の友達が
電話をかわり、母を説得してくれました。

その後、母と話すと、
「この人たちはいい人みたい、もう分かったわ、勝手にしなさい。」

と言って電話を切られました。

ほっとしたのもつかの間、私はその後、ベトナム人の友達に
ながながと説教をされ、
「親不孝だ!」ということから始まり、
「それにおまえはどうして学校行ったのに英語が中途半端なんだ!」という
ことまで怒られ、
いろいろ怒られすぎてここでもわんわん泣いちゃったのでした。。汗
私はベトナムのハーフなので、ベトナムからも日本からも自分を否定されている
気がしたんですね。。
なんだかんだ、自分は甘ったれなんだなとか。。

・・・仲間はありがたいもので、泣いてる私に
「これでも飲んでゆっくりしなよ。。」と言って緑茶を入れてくれる人がいたり、

とにかくいろいろあった10日間でした。


バックパッカーはできなかったけれど、
この10日間の思い出は私の一つの青春です。。。^^;

あ!そういえば、
姉も母に黙ってベトナムへ来た、、、
そして私も。。。。

「血」ですかね。。。

わァ~~、
勢いよく書いたらこんなに長くなっちゃった!!

最後まで読んでくれる人はいるだろうか。。。^^;


[ 2009/10/16 20:13 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)
読みましたよ~
はいはーい、ちゃんと全部読ませていただきました。
WEBで拝見する写真からは「KIYOKOさんって、すごく芯は強くて、大人しそう」という印象でしたが、中身は・・・とてつもなく大胆&パワフルなんですね!!
ビックリしましたが、その大胆さ&パワフルさのおかげで
私たちはネットで素敵なビーズたちを購入することが出来るんですねー。
ありがたや~ありがたや~(^^♪
[ 2009/10/19 10:03 ] [ 編集 ]
Re: 読みましたよ~
わァ~、長い文章、おつかれさまでした☆笑
うれしいです。^^
はい、おとなしいですよ~。最初だけは。笑
パワフル、、エネルギッシュとか、以前は言われましたが今はどうでしょう~。
今思うと、結婚式を終えた余韻で昔が懐かしくなったのかもしれません。^^;
きっと今後は別のパワフルさがでてくるかもしれませんね。。--;
[ 2009/10/19 20:29 ] [ 編集 ]
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